スキップしてメイン コンテンツに移動

履中天皇と黒媛

神に愛妻を葬られた天皇

イザホワケ(後の履中天皇)は第16代仁徳天皇の第一皇子です。
母はイワノヒメです。

まだ天皇に即位する前、イザホワケはクロヒメを娶ろうと思いました。
婚約が整ったので、婚礼の日取りをクロヒメに伝える為、実弟で第二皇子のナカツミコを遣いに出しました。

ところがナカツミコは兄のイザホワケになりすまし、クロヒメと関係を持ってしまいました。
そしてクロヒメの寝室に、手に巻いていた鈴を置き忘れて帰りました。


次の日の夜、何も知らないイザホワケがクロヒメの家にやって来ました。
イザホワケが寝室に入ると、寝台の上に鈴がありました。
「何の鈴だろう?」
イザホワケが尋ねると、クロヒメが答えました。
「昨夜、あなた様が持っておられた鈴でしょう?」
事態を察したイザホワケは、黙ってその場を去りました。


一方、弟のナカツミコは大事になる前に兄を亡き者にしてしまおうと、兵を率いて兄の屋敷を取り囲み、火を放ちました。
その時、イザホワケは泥酔状態で眠っていました。
慌てた家臣たちはイザホワケを抱えて馬の背に乗せ、何とか屋敷から脱出しました。

河内国の埴生坂(大阪府羽曳野市)まで逃げてきた時、ようやくイザホワケは目を覚まし、難波の方角が燃えているのを見て驚愕しました。

石上の振神宮(奈良県天理市の石上神宮)に逃げ込んだ時、実弟で第三皇子のミツハワケ(後の反正天皇)が心配して後を追ってきました。
しかし、ナカツミコに裏切られ殺されかけたイザホワケは、ミツハワケの事も疑って会いませんでした。
「お前が私の味方だと言うなら、ナカツミコを殺して来いっ!
会うのはその後だ!」

ミツハワケは難波に戻って、長兄イザホワケに言われた通り、次兄ナカツミコを滅ぼしました。


この事件の後、イザホワケは無事に即位して、第17代履中天皇となりました。
弟のミツハワケを皇太子にしました。
そして、クロヒメを皇后にしました。

クロヒメは最初に訪ねて来た男がイザホワケ本人であると信じていました。
夜の暗さで相手の顔がよく見えなかったのかもしれないし、イザホワケとナカツミコはとても良く似た兄弟だったのかもしれません。
クロヒメが嘆き悲しんだという記述もなく、結婚を辞退したという記述も無いので、クロヒメは最後まで知らなかった、または、それでも良いですからと望まれたのだと思います。
2人は舟遊びをするなど、仲良く暮らしていたようです。


履中天皇5年春3月1日
宗像の三柱の神が宮中に現れて言いました(神懸りした巫女?)。
「なぜ我が民を奪うのだ!」
天皇は事情が分からず、祈祷だけして後は何もしませんでした。

それから半年後の秋9月19日
天皇は淡路島で狩りをしていました。
すると、風の音に混じって天皇を呼ぶ声がしました。
「剣刀太子王(つるぎたちひつぎのみこ)」
また声がしました。
「鳥往来(かよ)う羽田の汝妹(なにも)は羽狭(はさ)に葬り立ちぬ」
『鳥往来う』は羽にかかる枕詞、クロヒメは羽田矢代宿禰の娘です。
『汝妹』はあなたの愛しい人。
『羽狭』は奈良県橿原市大軽町付近の山です。
「お前の愛妻クロヒメは羽狭に葬ったぞ。」という意味です。


都から急ぎの遣いが来て言いました。
「皇后が亡くなりました。」

天皇は神の祟りを鎮めないで、皇后を失った事を悔やみました。
調べてみると、車持君(天皇の乗輿を造る集団を管理する人)が勝手に筑紫国で税を取り、宗像大社に割り当てられた民を使役していた事が分かりました。
天皇は車持君に罪を贖わせ、車持君から取り上げたものを宗像の三柱の神に奉りました。



このブログの人気の投稿

大伯皇女と大津皇子のお話

(系譜)天照大神〜神武天皇